有明山登山〈2022年6月〉

#008 柏原クリニック 副院長 山﨑 恭平

“山頂にて” 去年は餓鬼岳に行ったので、今年は有明山と決めていた。標高が低い山なので、9月にアルプスへ行くためのトレーニングのつもりでいた。ところが、同行をお願いしていた伊藤先生から、「槍より厳しいですよ」とか、いつも登山をしている透析室の看護師さんからも、「北アルプスで一番きつい山ですよ。若い自衛隊員がトレーニングをするところです」などと聞かされた。

 漠然と不安を抱きながらも、6月26日に登山を決行した。6月にしたのは、中房温泉の駐車場が7月以降はいっぱいで車を停められないというのが一番大きな理由だった。中房の駐車場は燕岳の登山口にもなっているため、夏になると大勢の登山者が詰めかける。

 僕たちは、4時半に柏原クリニックを出発して、5時半に中房温泉に着いたが、第一、第二駐車場は既にいっぱいだった。しかし、第三駐車場は空いていたので、ほっとした。

 今回は、去年の餓鬼岳のメンバーに、柏原の事務の小原君〈52歳〉、放射線技師の小野君〈28歳〉、僕の昔からの登山仲間のライフラインの金原さん〈54歳〉と、元松本協立病院の看護師で地元の小松さん〈67歳〉と旦那さん〈69歳〉も参加して、総勢9名の大所帯となった。

 去年の登山で僕が音を上げたのを見て、伊藤先生が「登山のトレーニングは登山ですよ」と言ったので、ジムだけでなく、一応、山での足慣らしもしておこうと思い、僕と小原君、小野君、昭和のMEの熊谷君は、5月に大町の鍬の峰(常盤富士)にも行ってきた。備えはできている。

 有明山は、安曇富士とも呼ばれ、里の方から見るときれいな台形をしている。が、富士山のように八方に広がる円錐形ではない。投げ飛ばされた天の岩戸がここで地面に突き刺さって有明山になったという伝説があるが、まさに地面から突き出た大きな一枚の岩板のような山形だ。前面(東斜面)もすとんと切れて落ちた形になっているし、後方(西側)も急な斜面が続く。中房温泉からは、後ろ、つまり西側の斜面を登ることになる。
“四つん這い”
 第三駐車場にある登山口から山歩きを始める。20分くらい笹の中を行くと、急登が始まる。ジグザグの道はほとんどなく、80%は直登になる。四つん這いで木の根っこに手をかけて登る。

 元名古屋大学山岳部の伊藤先生〈52歳〉に先頭になってもらい、僕は二番目を行った。去年バテてしまったのを教訓に、伊藤先生から遅れて離れてもマイペースで登った。直ぐ後ろについてくる小原君のハーハーと言う荒い息使いが聞こえる。30分弱ごとに休憩を入れながら、皆、必死で登った。若い小野君も、「顔が青いよ」と小原君にからかわれていた。

 8合目近くになると、崖を巻くように鎖場が3か所くらいあった。一番きついところを過ぎた辺りで皆が登ってくるのを待っていると、後ろの方でキャーと叫び声がした。後で聞いたところ、小松さんが落ちたらしい。岩場の辺りは、鎖につかまり、岩に打ちこまれた杭に足を掛けてリュックが引かかって、崖下まで落ちずに済んだという。
“アルミの鳥居”
 8合目まで来ると、ようやく稜線に出た。しばらく行くと、アルミの鳥居のある有明山北岳山頂に到着。10時だった。何とコースタイム。伊藤先生に「雷が心配だから、頂上に着いていなくても、11時には下山開始するよ」と言われていたので、登頂できてすごく嬉しかった。僕が、「やった、久しぶりにコースタイム」と言ったら、熊谷君に、「今回は先生がバテなかったからです」と返された。

“有明山からの眺望” 疲れていたけれど、もうこうなれば、中岳、南岳往復だ。有明山は三つの峰からなる。その全部に登っておきたかった。中岳、南岳の山頂にも祠があった。途中、浅間山や北信5山も遠望できた。眼下には安曇野が一望でき、小松さんの旦那さんが、あそこはどこそこでと説明してくれるが、前面は崖なので怖くてあまり覗き込めない。
“岩鏡の花”
 下の方ではもうすっかり散ってしまったシャクナゲも、6月も終わりだというのに、頂上ではまだ咲いていた。途中、あちこちで見かけた小さくかれんな花は岩鏡であると、小松さんの旦那さんに教えてもらった。

“ロープをつたって” 北岳に戻り、昼食を取って下山。登ってきた直登にはロープが張ってある。そのロープを掴みながら下りる。下りもきつく、休み休み降りた。途中、小原君が滑って転げ落ちて、伊藤先生に止めてもらっていた。下山後、駐車場の脇にある、国民宿舎有明荘の露天風呂に入る。硫黄の臭いのする本格的な温泉の湯は、疲れた体には最高のご褒美だった。

 結局、梅雨明けの灼熱の暑い時期に行くより良かったと思う。一番登り易い頃かもしれない。中房の駐車場にはたくさん車が停まっていたが、登山道で出会った人は5,6人しかいなかった。北アルプスの急登としては、三大急登の燕岳や笠ヶ岳の登りが有名だが、それは大勢人が行く山だからだろう。自分としては、有明山はそれ以上だった。

 お風呂上りに、ガイド役で来てくれた昭和の看護師の大塚君が、小松さんの滑落を反省していたが、“柏原クリニックから見える有明山”本人はけろりとしていた。有明山はシャクナゲの山で、もう少し早い時期に登れば、きっと花でいっぱいだっただろう。今回は、花は頂上でしか見られなかったけれど、小松さんを救ったのも、そういえばシャクナゲの木だった。

 色々考えさせられた登山だったが、取り敢えず、安曇野から毎日見える有明山、安曇富士も、僕の山になった。

「信濃なる有明山を西に見て 心細野の道を行くなり」 西行

【関連ページ】
柏原クリニック > 当クリニックについて > 副院長挨拶 『副院長就任にあたって』
スタッフブログ > 餓鬼岳登山〈2021年7月〉

<掲載日時 : 2022年08月01日>

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