#004 柏原クリニック 診療放射線技師 三浦 純
心臓の周囲には、心臓を正常に動かすのに必要な酸素や栄養を送り込むための細かな血管があります。この心臓の周りを囲むように走行する細かな血管を冠動脈(かんどうみゃく)と言います。
心臓の病気の可能性があり、その症状から冠動脈の異常が疑われる場合、造影剤を使ってX線CT検査装置(以下CTと表記します)で写真を撮って、冠動脈の状態を評価する事ができます。
ここでは、絶えず動いている心臓の冠動脈をCTで正確かつ安全に撮影する技術についてご紹介したいと思います。
CTで人体の断面写真を撮る原理
360度、1回転して全方向からのデータを集める
・X線管球が発するX線は、患者さまの体を透過して、反対側にあるX線検出器で受け取られ、そこで電気信号に変換されてコンピュータへ送信されます。
・この二つの部品が対になって患者さまの体の周りを1回転しながらデータを収集し(スキャンと言います)、そのデータをコンピュータが計算、患者さまの体内の断面写真として合成画像を得るのがCT検査です。
X線管球:電気的にX線を発生させる部品
X線検出器:X線を受け取って電気信号に変える部品
1回転分に満たない(複数の特定角度からだけの)データを用いて断面の写真を作る技術もありますが、1回転してデータを集めた時に比べて位置情報と画像データ量が少なくなるため、補正解像度が低くなり、合成して出来上がる断面画像は相対的に画質が悪くなります。但し、画質が悪くなってもスキャン時間を優先したい場合などには、1回転に満たないデータを使う方法が使用されます。
できるだけ精確な体内断面画像を得るには、全周から位置情報とX線データを取得する必要があるため、患者さまの体の周りを1回転してデータを集める全方位撮影がCTスキャンの基本となります。
動いている心臓をスキャンする
1回転する時間 =シャッタースピード
一枚の断面画像を作り出すデータを取得するためには、一対の部品が患者さまの周りを1回転する時間が必要となります。カメラで言えばシャッタースピードのようなもので、この間に被写体が動いてしまうと、合成した時にブレが生じるなどして鮮明な画像を得る事が出来ません。
そのため、胸部や腹部の検査を行う時には、患者さまに呼吸を止めて頂き、その間にスキャンを行います。
「息を吸って、止めて下さい」・・(1回転スキャン)・・「楽にしてください」
速いスキャンが必要
心臓の冠動脈をスキャンする場合、心臓の動きを止める事は出来ません。なので、できるだけ早いスキャンを行って、ブレなどの影響を抑える必要があります。
因みに、当院のCTの場合、冠動脈のスキャンを行う時に一対の部品が1回転する速度は0.35秒/回転です。
回転速度が速ければ速い程、動きの影響が少なくなり、綺麗な写真が撮影出来ますが、CTでは、回転速度が速くなると、以下のような問題を解決しなければいけません。
速いスキャンを行うには
X線管球の出力
スキャンの速度を速くすると、1回転あたりのX線発生総量は相対的に少なくなります。断面画像を作るのに充分な量のデータを取得するためには、X線の出力を上げる必要があります。
X線を発生させる部品であるX線管球は、電気をX線に変える仕組みですが、その変換効率は1%以下と言われています。残りは熱としてX線管球に蓄積されるため、速いスキャンを行うために出力を大きくしたX線管球では、排熱の仕組みも大掛かりになります。
そのため、心臓のスキャンが出来るような大出力のX線管球は、総じて大きく重く複雑な構造になります。
データの処理能力
X線の出力を大きくしても、X線を受け取って処理する速度が遅くては意味がありません。X線を検出して電気信号に変換したデータを取得し、更にコンピュータで処理をする仕組み全体の速度を速くする必要があります。例えば、回転の速度が2倍になれば、同じ画質の画像を得るために、一定時間当たりのデータ取得頻度を2倍にする必要があり、データの処理をするコンピュータの能力も2倍の性能が必要になります。
当院にある装置はマルチスライスCTといって、検出器が複数並んで配置されているタイプであるため、複数の断面データを同時に取得して並行処理することが可能です。0.5mm幅の断面データを80枚分同時に取得する能力がありますので、十分な高速処理を行うことができます。
回転する部品の重さの影響
X線管球とX線検出器が一対になって回転する仕組みの簡略図を冒頭で示しましたが、実際の装置は大変複雑で、X線を電気的に発生させる仕組みとX線管球を冷却する仕組み、X線検出器からデータを収集する回路などが必要ですので、回転する部品の総重量は800kgを超えます。
これだけの重量の部品が一組になって、例えば当院のCTでは、最速で0.35秒/回転の速度で回転するのですから、装置には大きな負荷がかかります。
総重量800kgを超える部品が0.35秒/回転の速度で回転した場合、旋回する支持体や固定具に架かる力は尋常ではありません。X線管球単体の重さは約40kgですので、それによって生じる遠心力を計算すると、支持体に掛かる力はX線管球だけでも1tを軽く超えることになります。さらに他の部品を全て含めて計算するにはもっとずっと複雑な計算が必要になりますが、おしなべて、回転速度が速ければ速い程、支持体に掛かる力は指数関数的に増える事になります。例えば、同じ装置で0.5秒/回転でスキャンした場合と、0.35秒/回転でスキャンした場合では、回転速度の数字の差はたったの0.15秒短縮しただけですが、かかる負荷は短縮された回転速度の二乗に比例しますので、X線管球に掛かる力は約2倍にもなるのです。
精度と安全性の両立
当院のCTでは、撮影する画像の断面の細かさは約0.5mmです。冠動脈を評価する画像を得るためには、0.5mm以下の細かさの画像を確実に取得し十分な高精度を保ちつつ、上述した部品を高速で回転させる必要があります。
総重量800kgを超える部品を、高速に、高い精度で、尚且つ安全に回転させる堅牢さが、機械の仕組みとして確保されていなければなりません。
※ 当院のCTの内部構造を公開する事は出来ませんが、他機種のCT内部が回転する様子を撮影した動画をご紹介しておきます。
デンマーク人放射線技師が撮影した高速回転するCTスキャナ装置の内部
Morten Hjordt氏のYouTubeチャンネル
“CT at max speed – Naked! CT without cover.”(YouTube)
まとめ
心臓の冠動脈の診断に使用出来るX線CT検査装置とは
=速いスキャンが出来るCT
・大出力X線
・高いデータ処理能力
・高い精度と強度
以上の条件を満たす、CTの中でも高い性能の装置が、心臓の冠動脈検査に適しています。
心臓の冠動脈を診断するための画像撮影の現場では、冒頭でも述べたように、精密画像が得られる全方位撮影だけでなく、1回転に満たないデータから迅速に画像を作る技術も組み合わせて用いられる場合があります。この場合でも、速いスキャンが出来る装置は有利に働きます。
このほかにも、検出器の受信解像度や、同時に撮影できる断面の数、心臓の動きに合わせてスキャンを行う心電同期技術、造影剤の注入技術や、画像処理を行うためのワークステーション(3次元処理を行うための高性能なコンピュータ)、疾患の状態や、患者さまのご協力など、CT撮影には様々な重要ファクターが存在します。
今回は、X線CT検査装置の速度性能に絞ってご紹介しました。
3DCTビデオ
【関連ページ】
柏原クリニック > 部門紹介 > 放射線部門
<掲載日時 : 2021年09月17日>