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オメサマ

作成日:2011年5月28日

 幼い頃から、祖父母と父母とでは、私に対する世話のやき方が違うことに気付いていた。祖父母は、高飛車に決め付けるようなものの言い方はせず、優しく包むような言い方だったが、言うことははっきりしていた。「そういうことは、するもんじゃないよ。」そして、余計な付け足しも殆どしなかった。私の両親に対する祖父母の遠慮からなのか、それとも、父母(ちちはは)に対して、敬愛の念を持っているためなのかと考えさせられた。いずれにしても、祖父や祖母から世話をやかれるとき、自分が人間として大切にされているのだと感じていた。

 夫の父母(ちちはは)に献身的に仕えていたお嫁さんがいた。その方が、ある時、こう話された。「先生、先日、私が、とてもびっくりすることがありました。お祖母ちゃんが、「俺は食欲がねぇ」と言ったとき、いつもは聞き流していたお祖父さんが、急に正座して、「オメサマ」と呼びかけました。「オメサマはいつも、「食欲がねぇ」とばかり言っているが、オメサマは、昼間もただ座っていたり横になっていたりするだけで、何にも体を動かさねぇ、それじゃあ、食欲だって出るわけがねぇじゃねぇか。」すると、お祖母ちゃんは、シンと静まり返り、それからは、それらしいことを口にしなくなりました。」と。

 お茶の時間に、私は、診療所の職員たちにこの話をしました。すると、次のような意見が聞かれました。

 「私は、うちのお母さん(姑)に「「オメサマ」」と呼びかけられると、「あ、本格的に叱られる」という気持ちになり、しっかり聞かなければと、身の引き締まる思いになります。」

 「うちのお父さん(夫のこと)は、土佐の人だから、「「オメサマ」」とは言わないけれど、本気で私を叱るときは、「「アナタネェ」」と呼びかけてきます。」

 出入りのMRの方々にもこの話をしてみた。「うちの奥さんも、「フルネームできちんと呼び掛けられると、改まった素直な気持ちになる。」と言っています。」と言う意見を得た。

 生まれ育った土地はいろいろでも、注意を与えるとき、目下の人に対しても、まず、相手に対して、丁寧に呼びかけ、そして、静かに諭すという作法が日本の各地に生きていたものらしい。この時、丁寧な呼びかけをする。それが、丁寧な二人称であったり、相手のフルネームを‘さん’付けしたりする、というパターンを踏む。すると、聞く方も、自ずと改まった気持ちになって、相手の話をしっかり聞こうとする。この礼儀正しさの効用は、何であろうか、丁寧に呼びかけられることによって、自分が、一人前の存在として、扱われることを自覚する。

 自分を尊重してくれる言葉によって、自分もの人間として振舞う気持ちになる。そこへ、静かに諭しの言葉が発せられ、砂に水が浸み込むように、心に入るのだろうか。一人前に扱われた人は、自ずと一人前の人間として振舞う。我ままを出したりしているのが、恥ずかしくなるのだろうか。文明化というものは、そういうものだろうか。

 今の大人である我々は、人権を尊重するということを学んできた。私の祖父母たちは、「人権」と言っても、よく分からない面がある。しかし、古老たちは、子供に対しても、「人格」を尊重することを知っており、それを身に付けて、生きてきている。今の大人である我々は、両親も教師も上司も、「人権」を気にする生き方は知っているが、「人格」を尊重するということが、本当に出来ているだろうか、特に子供に対して。

 ダルビッシュ有投手へのインタビュー番組をテレビで見たことがある。「一番好きな言葉は?」という問いに対して、「私の大切なあなた」と言う意味のペルシャ語を挙げていた。彼は、一族の大人たちから、そのように呼び掛けられ、愛情で包まれ、成長してきたに違いない。幾多の諸民族の中で、このような伝統を持ち続けてきた民族は、多いのではないか、いや、殆んどの民族がそうではあるまいか。人類が、文化的な存在となる際に、いずれの民族もが通り過ぎてきた道なのだろうと思う。

 これらの話を、学校保健委員会で、お話ししたことがある。お年寄りたちは、「人権」と言うことは分からなくても「人格」を尊重すると言う点については、我々より優れている。我々は、これを見習わなくてはならないでしょうと。校長先生が、後を引き継いで、まとめて下さった。「果たして、人格か、人権か。」という言葉も添えられた。私は、もう一つの公案を与えられたように感じた。

 カソリックの神学において、アブラハムを自我に目覚めた最初の人に擬す解釈が生まれてきたと聞く。自我を自覚して神と対した最初の人間だと言うのである。知恵のりんごを食べたアダムとイヴを楽園から追放した旧約の神、自我に目覚めた人間の出現を待って、その前に現れるとは、なかなか洒落たことをなさるではないか。人格尊重の起源がこの時期にあるとすれば、それを互いに尊重しあう伝統も人類の歴史の早期に生まれてきたことになる。まず、考えている自分と言うものの存在を自覚して、初めて人間となり、それを尊重しあう社会が生まれた。と考えてよいだろう。

 道徳の中の徳目を考えるとき、「礼」とか「義」というものは、私にとって、最も縁の薄い、出来れば従いたくないものと考えてきた。出来れば、避けて通りたいと思っていたものである。小学校低学年の頃、静岡市の小学校で学んだ時期があった。そこは非常に礼儀を教えるのに熱心な学校で、廊下で先生に会っても、立ち止まって、きちんと姿勢を正して、深くお辞儀をするようにしつけられた。信州の学校に転校してからも、その挨拶の習慣は、私に染み付いており、きちんと挨拶をすることを、今まで通り続けていた。すると、先生からも近所の方たちからも、ギョッとして慌てたような挨拶が返ってくることが多かった。何ヶ月か、本気で礼儀正しく挨拶していた私は、次第に、白けた気持ちになっていき、とうとう、自分のほうから挨拶することを止めてしまった。その後は、挨拶が嫌いで、下手な人間として通した。

 礼儀に対して、白々しい気持ちを抱いていた形であったが、学ぶと言うことは恐ろしいもので、高校生にもなると、「義であって礼でない」という孔子の評言なども憶え、中身のある有意義な礼儀というものは、必要であるとの認識を持てるようになっていった。為政者の権威を強化するための道具としての礼儀には反感は持っても、個人が相互に尊敬し合う礼儀は、認めなければならない、と考えるようになった。

 人は、成長の過程において、一人の人間として、存在を認められた時に、自己を認識するのであろう。己の権利を主張したりするのは、その後になるように思われる。古人たちの知恵を学び、その良き伝統を継承して、子供たちを大切に育てることが、今の社会において、ますます必要になってきていると思う。子供たちの成長の過程において、自らの存在を一廉(ひとかど)の者として自覚させ、文明化されていく過程を大切に扱っていきたいと思う。祖父母への懐かしさとともに思うことである。Wink

 

初出:松本市医師会報  2011(平成23年)7月号  第518号