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モナリザの背景

作成日:2010年10月18日

 中学3年の3学期に、高校受験前の最後の模擬テストがあった。私たちの学年の時は、受験科目が8科目あり、英語はまだ入っていなかった。その美術工作のテストの問題に、ダ・ヴィンチのモナリザの肖像の写真が示され、「この絵を鑑賞せよ」という出題であった。私は必死になって良い鑑賞をするつもりで、絵を見つめた。そのうちに、モナリザのバックに描かれた窓の外の風景に目が行き、その不思議な風景に強く惹かれたのである。

 緑の木々や車の間をくねって伸びていく道が、遠くへ続いていた。その風景はどこと無く怪しい雰囲気を湛(たた)え、不思議な魅力を持った世界が広がっているように感じられた。その感想を答案にそのまま書いただけであったが、15歳の少年にとっては、今までやったことの無い絵画鑑賞というもので、独力でなんとかユニークなものを書くことが出来、それが嬉しく、誇らしくもあった。テストが返る日が待ち遠しかった。だが、結果は、5点満点で1点減点。先生の考えは、「謎の微笑について書いてないから…Jというものだった。私は、無念だった。心に苦い悔しい気持ちが重く残った。「微笑」についての知識を持っていることを示すのは、本当の鑑賞であろうか。モナリザは、少女にも、成熟した女性にも見え、その微笑は、聖女のものか、贔惑(こわく)的な妖女のそれであるか、少年にとっては、正面から向き合うには、躊躇(ためら)う気持ちもあった。20歳ごろ、偶然接した本で、アンドレ・マルローがこの絵の風景について語っていると知った。彼は夢で、この夢魔の世界に遊ぶという。私は、アンドレ・マルローほどの者が、自分と同じところに惹かれたということで、やっと気が晴れた思いであった。

 40代になって、美術史の本を経(ひもと)いていたらルネッサンス肖像画の背景の変遷について書かれていた。はじめは、無地であったり、ただの壁であったりしたものが、ルネッサンスの発展とともに、窓の外の開放された空間を取り入れることが許される様になっていったという。すると、美術史的にも意義のあるものであり、自分の問題把握は、ここでも認められた思いがして、嬉しかった。無味乾燥な背景から開放された外の風景を描けるようになったことは、ルネッサンスの自由の精神の発展だったのである。

 このように、私は傍倖(ぎょうこう)に恵まれて、更なる知識と避遁(かいこう)することが出来た。しかし、私の同級生たちで、そうした幸運に恵まれた人はほとんど無かったのではないかと思う。私たちの学んだ時代には、美術教育といっても、この程度のものであった。

 既に、レオナルドの齢(よわい)を越えた私は、今度の初夢で、マルローが飛翔した夢魔の世界に入ることが出来るであろうか。そして、さらにその先へも。年男として、幸運に恵まれたいと願っている。Innocent

 

初出:松本市医師会報 2011(平成23年)1月号 第512号