• Increase font size
  • Default font size
  • Decrease font size
印刷

グリム三題

作成日:2011年8月13日

1.スプーンとお皿

 森の外れ辺りにお百姓さん一家が住んでいました。おばあさんとお父さん、お母さんに4歳くらいの男の子でした。4人は、仲良く暮らしていましたが、おばあさんが段々歳をとり、仕事が出来なくなってきました。それまで、おばあさんが食事をするときには、銀のスプーンと銀のお皿で食べるようになっていましたが、ある時、木のスプーンと木のお皿に変わってしまいました。おばあさんは何も言わずに木のスプーンと木のお皿で食事をしていました。そうしたある日、男の子がナイフで木を削って何か作っているのを見て、お父さんとお母さんが聞きました。「坊や、何を作っているんだい。」男の子は答えました。「お父さんとお母さんが歳をとって、おばあさんの様になったときに使うスプーンとお皿を、木で作っているんだよ」それを聞いた夫婦は、慌てて、おばあさんが使っていた木のスプーンとお皿を片付けました。そして、銀のスプーンとお皿を出してきて、おばあさんが使うようにしました。

 このお話は、私が、小学生だった頃に読んで、印象の深かったものです。グリム童話にあったかどうかは良く覚えていませんが、内容は今も、頭に残っています。「年寄りは、枯れ木と同じだから、水をやる必要はない。」と、厚生省の課長(係長?)さんが言った時に、思い出しました。「臥たきり老人ゼロ」と、保健婦さんたちがキャンペーンをしていたときにもよく思い出したものです。

2.りんごと金貨

 子供たちが屠殺ごっこをして遊ぶことにした。1人が肉屋に、1人が料理番に、もう1人がブタ役になった。肉屋役の子が、ブタ役の子の首にナイフを突きつけた。シューシューと溢れ出る血を、料理番の子が皿で受けた。そこを通りかかった市の役人が驚いて、他の役人を集めて、この事態にどう対処するか話し合った。子供に悪意が無いことは分かっていたので、誰も判決を下せなかった。そこで、ひとりの老議員が提案した。りんごと金貨を見せて好きな方を子供に取らせて、りんごを取ったら無罪、金貨を取ったら死刑と言うことにしたらどうだろうか。そのとおりに試してみると、子供たちはりんごを取ったので、大人たちは、ほっと胸を撫で下ろし、子供は何のお咎めも無くて済んだ。

 中世暗黒時代は、残虐な世界であることが明らかになってきた。老人、女性、子供たち弱者にとっては、過酷な時代であった。これら弱者は、はみ出したものであり、社会に組み入れられていない存在として、子供たちを保護し、指導する伝統も無かったために、子供十字軍のような悲惨な事件も起きている。この話のような事態を裁くのは、今の少年法でも難しいと思うが、果たして、この話における解決法もこれで良かったのであろうか。我々も、中世メルヘン街道の人々と同じ問題を抱えている。

更に、別の話。

 幼い兄弟が、屠殺ごっこをした。兄は、弟をブタ役にし、自分が肉屋になり、弟の喉にナイフを刺した。弟の悲鳴を聞いた母親が、急いで駆けつけると、弟は、血の海の中で、白目をむいて死んでいた。逆上した母親は、弟の喉からナイフを抜き取り、兄の心臓を一突きに刺してしまった。それから、末の子を風呂に入れていた途中だったことを思い出し、慌てて取って返したが、末の子は、湯船の中で、既に、溺れ死んでいた。母親は、絶望のあまり、首を吊って死んでしまった。やがて、外から戻った父も、この惨劇に驚いて死んでしまった。(桜澤麻伊編.「グリム童話99の謎」二見書房より)

 グリム兄弟が、こんな話を、何故、童話集に入れて発行したのか?、様々な理由が考えられているが、今は、謎である。大人にも子供にも、残酷な話は必要であり、余りに、浄化されたものばかりを与えられていると、子供たちが、怪獣などに傾倒して、バランスをとることは、知られているが、大人にとっては、どうであろうか。

3.魔女に憧れた娘

 魔女に成りたいと思った娘がいた。魔女がどういうものであるか、分からないままに憧れてしまった。村外れに魔女が住んでいると言われている館があると聞いて、出掛けて行った。魔女の館には、誰も居ないようだったので、家の中に入って行った。すると、魔女の姿は見えず、声だけが色々尋ねてきた。娘は、魔女志願であることを述べ、決意が固いことを強調した。すると、娘の前に、いくつかの扉が開き、一つ部屋を進むたびに、思い直して帰るように言われたが、娘は、その度に、決意の固いことを述べて進んで行った。部屋は、次第に、底知れぬ深淵のような雰囲気に変わっていき、帰りたいと思ったときには、既に遅く、娘は引き返すことが出来なくなっていた。こうして娘は魔女の虜になったのか、地獄に落ちてしまったのか、ついに帰ってくることはなかった。

 この話は、どこかの文庫本の中で読んだように記憶していたが、今、探してみても見つからないので、記憶だけに頼って書いてみた。青春の炎は、どろどろと煮えたぎる、危険なもの・悪いものに魅かれることも多い。曽て、ケネディ大統領は、反省したりせず、どろどろと燃えているのが青春時代の権利だと述べたことがあったが、私は、この見解を疑問に思っている。日本の非行少年少女の更生率は、13%であるという統計が出ており、我々は、如何なる国や時代を探してでも、青少年の非行化を食い止めなければならないと思う。グリム童話の中にも、その便(よすが)がないかと期待する者であります。曽ての日本の村社会では、厳とした社会の掟が存在し、成長過程において、非行化防止の仕組みも備わっていた。それでも、非行が完全に止むことは無かったが、今の、ヨーロッパ文明を手本とした近代化の中で、その伝統は、形骸化してしまっている。子供を社会の一員として、取り組む努力が一層必要になっていると感じる。アメリカ合衆国のハーレムの子供たちは、結局、ブラックモスレムにモラルを教えられることによって、ようやく救済されている状態である。弱者を社会の一員として取り込むことが出来なかった中世ヨーロッパ文明のあり方が、様々なツケを強いているのであろう。

グリム兄弟が集めた童話集の中に、今の日本の社会が直面している問題と共通するものが見られると感じ、ご紹介しました。

○高齢者への対応

○お子様犯罪への対応

○少年少女の非行化への対応

これらを、私たちは、解決していませんが、是非とも、克服しなければならない課題です。単に、忌避するだけでなく、建設的に努力したいものです。Smile

 

初出:松本市医師会報  2011(平成23年)10月号 第521号